
ウォーターサーバーを無料で売りつけられ、長期的な契約を結ばされる。「もしも、綺麗な水をずっと飲める装置があったら生活の質が上がりそう」そんな期待を抱いて、次第に水を飲まなくなり、ボトルが溜まっていく。もういらないですと言うと、巧妙な営業手法でまた別のサーバーに期待を抱かされて、契約を結ぶことになる。そんな期待を抱かされている間に、相手には高額なインセンティブ費用が入っていく。こういう入り口のハードルを低くして、長期的に契約を結ばされることが何度あったかわからない。理性的に考えられない欲深い人間は生きづらいようにできているのだ。ドーパミンを都合の良いように扱われる潜在的な社会を露呈させたい。
現代社会を見渡してみると、未来を高く売り、過去の価値を低く見積もる。同時に、即物的な感情で動くと契約により、依存に陥るようにビジネスが組まれている。未来を煌びやかに見せ、その場の感情を誘導する。そして、ゆるゆるとシステムの中に取り込んでいく。欲深い人間ほど世界は生きづらくなるようにできているのではないか。そんな資本主義の社会構造をポップに楽しませる方法として、水にギャンブル性を持たせる試みである。期待をさせて、本来の「水を飲みたい」という欲求を先延ばしにされる。鑑賞者は次第にスロットマシンに取り込まれ、社会の依存構造に組み込まれていくのだった。後戻りしようと思う頃には手遅れだ。